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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)1258号 判決

控訴人 磯村元昭

被控訴人 神奈川日産自動車株式会社 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、控訴人に対し、各自金四十二万円及びこれに対する昭和二十九年三月二十八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「原判決事実摘示第二、1、一、(ハ)を、控訴人は、昭和二十七年十二月十九日被控訴会社に右ダツトサンの売却を委任し、これを引き渡したが、種々交渉の後、翌昭和二十八年二月二十一日被控訴会社は右ダツトサンを金四十二万円で売却し、これが代金全額を直接控訴人に支払うことを約したので、控訴人は、被控訴会社に対し自動車登録の移転に必要な書類一切を手交した。然るに右書類中の印鑑証明書が訴外東亜産業株式会社の代表者としての印鑑でなく訴外桜井勝太郎個人の印鑑であり、控訴人は、訴外会社の代表者名義の印鑑証明書を入手することが出来なかつたため、被控訴会社に対し、同年三月六日と十一日の両日口頭をもつて右売却委任の契約を解約する旨の意思表示をなし、右自動車の返還を求めた。と補充訂正し、同第二、1、二記載の事実中、「すなわち原告は、被告会社に昭和二十七年十二月十九日右ダツトサンを金四十二万円以上で売却することを委任し、同日これを被告会社に引渡したところ」とあるのを、「すなわち控訴人は、前記第二、1、一、(ハ)記載のとおり本件ダツトサンの売却を被控訴会社に委任しこれを引渡したところ」と訂正する。」と述べた外、原判決の事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人は、本訴において第一次の請求として、本件ダツトサン(五一型登録番号四-一、八七三番、登録名義人東亜産業株式会社、以下これを単に本件ダツトサンという。)は控訴人の所有なるところ、控訴人は、昭和二十七年十二月十九日被控訴会社に対し右自動車の売却方を委任しこれを引き渡したが、その後昭和二十八年三月六日または同年三月十一日右委任を解除したのにかかわらず、被控訴会社の使用人である被控訴人森静一は、ほしいままに同年三月十三日右自動車を渡辺守雄に売り渡し、控訴人に対し金四十二万円の時価相当の損害を被らしめたので、控訴人は、被控訴人森に対しては民法第七百九条により、また被控訴会社に対しては同法第七百十五条により、これが賠償を求める旨主張し、第二次の請求として、右委任解除の事実が認められないときは、被控訴会社に対し、右委任事務処理により得た本件ダツトサンの売却代金四十二万円の引渡を求める、なお第三次の請求として、右委任の相手方すなわち、受任者が被控訴会社でなく被控訴人森個人であるときは、同被控訴人に対し同様委任事務処理によつて得た金銭の引渡を求める旨主張し、被控訴人らは、本件ダツトサンが控訴人の所有であつたこと、並びに控訴人が委任者であつたことを全面的に争つているので、以下本件にあらわれたあらゆる証拠を検討し、まず事実関係を確定した上、右事実に基く法律的関係を判断することとする。

成立に争ない甲第二、第四号証、乙第三号証、当審控訴人本人尋問の結果により成立を認めうる甲第五号証の一ないし四、(もつとも一の証明部分の成立は被控訴人らの認めるところである。)原審証人桜井勝太郎の証言により成立を認めうる甲第一号証、乙第一、二号証、原審証人桜井勝太郎及び当審証人太田穆の証言、原審並びに当審における証人磯村華山、並びに控訴人(原告)及び被控訴人(被告)森静一本人の供述(但し磯村華山及び控訴人の供述中後記措信せざる部分を除く。)をそう合すれば、本件ダツトサンに関して次のような事実を認めることができる。

すなわち、東亜産業株式会社(以下単に訴外会社という。)は、昭和二十六年十二月二十五日被控訴会社より本件ダツトサンを代金七十七万円で買い受ける旨の契約を締結してその引渡を受け、代金は即日金十万円を支払い、残額は五回の月賦払となし、代金を完済したときはじめてその所有権の移転を受くべき約定であつたが、訴外会社において運行の用に供する関係上、被控訴会社の合意を得て訴外会社の所有名義に登録をなした。しかるに訴外会社は、約旨のとおり月賦金の支払をなさなかつたので、右契約の衝に当つた被控訴会社の販売員たる被控訴人森は、その責任上、訴外会社の代表取締役桜井勝太郎にしばしば月賦金の支払を催促し、昭和二十七年暮頃までに残金八万円をあますのみとなつたが、訴外会社はなおこれが支払を困難とする状況にあつた。一方訴外会社は、営業上の資金に窮し、被控訴会社より本件ダツトサンの引渡を受けてから間もなく昭和二十六年十二月二十八日、控訴人の父磯村華山を介して控訴人より本件ダツトサンを売渡担保として金四十万円を借り受け、控訴人に本件ダツトサンとともにその登録名義の変更に必要な印鑑証明書委任状、その他の書類(甲第五号証の一ないし四)を手渡したが、控訴人は、登録名義の変更をなすことなく、訴外会社より貸金の弁済を待つていたところ、訴外会社が弁済をしないので、本件ダツトサンを他に売却してその代金をもつて貸金の弁済に充てようと努力したものの、適当な買手もなかつたので、前記桜井勝太郎と相談して、被控訴会社の手によつてこれを売却しようとなし、桜井勝太郎は、昭和二十七年十二月頃訴外会社を代表してその名義をもつて被控訴会社の社員である被控訴人森に対し、その旨懇請したが、控訴人との間の関係については何ら言及するところがなかつた。被控訴人森は、これに対し被控訴会社は自動車の製造販売を営業となし、たとい自家製造の自動車といえども、一旦他に売却した中古品の販売をなすが如きは業務外のこととしてこれをなさないので、会社としてこれを引き受けるわけにはゆかないが、自分としては、被控訴会社の未回収月賦金八万円を訴外会社より支払を受けて被控訴会社に納入すべき責任をもつているので、本件ダツトサンの売却代金中から右未払金の支払を受くることを条件として個人として右桜井勝太郎の申入を承諾し、桜井勝太郎もまた右条件を了承し、控訴人は、桜井勝太郎の指示により本件ダツトサンを被控訴人森に手渡した。そこで被控訴人森は、右委任に基き、本件ダツトサンの買手を探し、昭和二十八年二月上旬頃渡辺守雄に代金四十二万円をもつてこれを売却することになり、代金全額の支払を受けて同年三月十一日頃同人名義変更登録を了した。そして右代金四十二万円は約旨に基き内金八万円を前記未回収金の支払にあて、残額全部をその頃桜井勝太郎に手渡した。その間同年三月上旬控訴人から被控訴人森に対し、はじめて本件ダツトサンは控訴人が訴外会社から買い受けたものであつて、これを売却することを取り止める旨の話があつたが、被控訴人森としては、訴外会社から売却委任を受けたことであり、またすでに渡辺守雄より代金の一部の支払を受けており、かつまた念のため桜井勝太郎に対し控訴人の言を告げたところ、桜井勝太郎は、「責任は自分でとるから心配することなく売却してくれ。」と申したので、別段控訴人の右言を意に介せず、また控訴人が本件ダツトサンやこれが変更登録に要する書類(甲第五号証の一ないし四)を被控訴人森に引き渡しまたは持参する等のことがあつたが、被控訴人森は控訴人を訴外会社の社員だと思つていたので、控訴人が真実の責任者であるとは毛頭考えたことなく、訴外会社が委任者であることについては何ら疑うところがなかつた。

右認定に反する原審並びに当審における証人磯村華山の証言、控訴人(原告)本人尋問の結果は措信しがたく、その他控訴人提出援用にかかるすべての証拠によるも控訴人の主張事実を認めることができず、右認定を覆えすに足りない。

事実関係は右のとおりであつて、訴外会社が未だ代金を完済しない以上本件ダツトサンの所有権は依然として被控訴会社に留保されているものとみるべきものであるが、被控訴会社が本件ダツトサンの登録をなすにあたり訴外会社の所有名義をもつてなすことを承諾した以上、自動車の登録が所有権についての公証であることにかんがみ、最早右所有権の留保をもつて利害の関係を有する善意の第三者に対抗することができないものというべく、善意で訴外会社から本件ダツトサンを買い受けた第三者は、これにより、その所有権を取得するか、少くとも民法第百九十二条の適用あるものとみるべきである。しかしながら、登録を受けた自動車の所有権の得喪は、登録を受けなければ第三者に対抗することができないことは、道路運送車両法(昭和二十六年法律第百八十五号)第五条の明定するところであるから、仮りに上叙売渡担保契約が内外共に所有権を控訴人に移転する趣旨のものであり、少くとも買戻期限の徒過により本件ダツトサンの所有権が終局的に控訴人に帰したものであり、または民法第百九十二条の適用により控訴人がその所有権を取得したとしても、まだ控訴人名義に登録を受けていないのであるから、控訴人は、その所有権取得をもつて被控訴人らに対抗することができないものというべく、訴外会社に対する関係においてまだ本件ダツトサンの所有権を留保している被控訴会社、また現に登録名義人である訴外会社からこれが売却委任を受けた被控訴人森が同条にいわゆる第三者に該当することは疑を容れないところである。なおまた被控訴人森が本件ダツトサンを売却したことは訴外会社の委任に基くものであつて、仮りに右所為が控訴人の本件ダツトサンに対する所有権ないし担保権を侵害するものであつたとしても、右につき被控訴人森に故意は固より過失もなかつたと認めるのが相当である。従つて右何れの点よりするも控訴人の不法行為を原因とする第一項の請求は失当であることが明白である。

次に委任契約を原因とする控訴人の第二次、第三次の請求は、控訴人主張の委任契約の成立はついにこれを認めることができず、委任者は訴外会社であつて受任者は被控訴人森個人であることは前認定のとおりであるから、これまた理由がないことが明らかであるといわねばならぬ。

よつて、控訴人の本訴請求をすべて失当として棄却すべく、これと結局において同旨の原判決は相当であつて、控訴人の控訴は理由なきをもつてこれを棄却し、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

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